「つぐみ。ほら、つぐみ」
「やだ……やだナオちゃん、離れないで」
「離れないって。大丈夫、怖い人はもう、向こうに行ったよ」
「……本当?」
「うん。ほら、どこにもいないだろ?」
直希の言葉に、つぐみが涙を拭きながら顔を上げた。
「ここにはもう、俺とつぐみしかいないよ。大丈夫、俺が退治したから」
「ナオちゃん……わああああっ!」
そう言って、またつぐみが泣き出した。
直希はつぐみの頭を優しく撫で、耳元で「大丈夫、大丈夫」と何度も囁いた。* * *
10分ほどして、ようやくつぐみが落ち着いたので、直希は手を取って部屋に向かった。
「はい、ここがつぐみの部屋だよ」
「……ナオちゃんは?」
「俺はひとつ挟んで向こうの部屋。大丈夫、何かあったら飛んでくるから」
「やだ! ねえナオちゃんお願い、一緒に寝て」
「そう言われてもなぁ」
「お願いナオちゃん。ねえ、ねえってば」
真っ赤な瞳で、つぐみが直希に哀願する。
「……分かった。じゃあつぐみが寝るまで、傍にいてあげるね」
「うん! ありがとう、ナオちゃん」
そう言って、つぐみが嬉しそうに笑い、直希を抱きしめた。
つぐみを布団に寝かせると、直希は枕元に腰を下ろした。「ナオちゃんは寝ないの?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。ちゃんとここにいるから。俺はいつだってつぐみのこと、守ってあげるからね」
「ナオちゃん……その……ね、手……なんだけど……」
「いいよ、分かった。ほら、ちゃんと握ったよ。これでいい?」
「うん……あり
陽が落ちると、明日香の号令で花火が始まった。 肉を十分に堪能したあおいも、みぞれやしずくたちと一緒になってはしゃいでいる。「楽しそうだよな、あおいちゃん」「そうね。あの子、基本的に能天気だけど、仕事中は結構いっぱいいっぱいになってるから。今日一日見てたけど、やっと本当のあおいを見れた気がするわ」「ははっ」「何?」「いや、なんだかんだでつぐみ、あおいちゃんのことを見てくれてるなって思って」「そ、そんなんじゃないから。私はただ、同僚として彼女を観察してるだけよ」「分かった分かった、そんなにムキになるなって。ほら、一緒にやらないか?」 そう言って直希から渡されたのは、線香花火だった。「好きだったろ? これ」「……覚えてたんだ」「当たり前だろ。何年付き合ってると思ってるんだよ」「全く……変なことばっかり覚えてるんだから……」 火をつけると、優しい火花が二人を照らした。「勝負するの、久しぶりだな」「今まで私の全勝。直希はすぐ落としちゃうんだから」「集中するのが難しいんだよ、これって……あ」「はい、また私の勝ち。ふふっ」「ははっ」 直希が立ち上がり、大きく伸びをした。「そろそろお開きかな」「そうね。みなさんも疲れたと思うし」「そう言うお前もだろ。今日はもういいから、みんなと一緒に部屋に戻れよ」「いいわよ。どうせ直希、この後一人で片付けるつもりなんでしょ。私も手伝うわよ」「いいよこれぐらい。大きいやつは明日片付けるし」「私がしたいのよ。このまま朝まで放っておくのが我慢出来ないの」「じゃあ頼むよ。おーいみんなー、そろそろお開きにしようか」「は、はいです直希さん。ごめんなさいです、私、今日一日ずっと遊ん
「いやー、遊んだ遊んだー」 あおい荘への帰り道。明日香はビールを片手に上機嫌だった。「結局勝負、つかなかったわね」「まあ……つぐみに勝負事を持ち込んだ時点で、こうなることは分かってたけどな」「あはははははっ、そうだね。つぐみんったら、負けるたんびに『ルールは決めてないんだから、参ったって言うまで終わらないわよ』なーんて言うんだもん」「間違ったことは言ってないでしょ」「いやいやおかしいって。単にお前が、負けず嫌いなだけじゃないか」「結局あの後、ずっとビーチバレーでしたです」「何よ、あおいまで」「でもつぐみさん、私、楽しかったですよ」「……ありがと、菜乃花」「さあ戻ってきたぞ。みんなまず、お風呂で体、洗っておいで。その間にバーベキューの用意、しておくから」「直希さん、私も手伝いますです」「まーたまたまたダーリンってば、そんな白けるようなこと言って。みんなで仲良く入ろうよー」「なっ……」「え……」「あはははははははっ、何よつぐみん、なのっちも。赤くなっちゃって」「な、何言ってるのよ! そんなの許さないんだから!」「なんで俺を睨むんだよ。冤罪だ冤罪」「直希さん、私が背中、洗ってあげますです」「あおいも何馬鹿なこと言ってるのよ。ほら、さっさと行くわよ」「ええー、ダーリン、ほんとに入らないのー?」「あんまりからかわないでくださいって。ほら、菜乃花ちゃんなんか真っ赤になってるじゃないですか。菜乃花ちゃんも、シャワー浴びてさっぱりしておいで」「は、はい。すいません、ではお先にいただきます」「あおいちゃんも入っておいで。上がってくる頃には用意、出来てるからね」「分かりましたです。でも直希さん、本当にいいんですか?」「いいよ。それより
「やっと見つけた。直希あなたね、離れるなら声ぐらいかけなさいよね」「ああ、悪い悪い。菜乃花ちゃんを探してたんだ……って、お前こそ菜乃花ちゃんをほったらかしにして。一緒に遊んでやれよ」「あ、あの、直希さん、その……私のことはいいですから」「……そうね、悪かったわ菜乃花。折角みんなで来てるんだから、一緒に遊ばないとね」「そんな……つぐみさん、謝らないでください」「いいんだよ菜乃花ちゃん。つぐみが素直に謝るなんて、そうそうないんだから。こういう時は受け入れてやって」「何よ、人がちゃんと謝ってるのに」「あおいちゃんは?」「お腹が空きすぎて、もう動けないらしいわ」「電池、もう切れちゃったのか。分かった。菜乃花ちゃん、ちょっと早いけどお昼にしようか」「はい」「それで? あおいちゃんはどこに」「あれよ」 つぐみが指差す方向を見ると、砂浜で倒れているあおいの姿が見えた。「……流れ着いた遭難者みたいだな」「さ、早く行きましょ。でないとあおい、食べ物につられて男たちに持って行かれるわよ」「……だな」 * * *「ほらほらあおいちゃん、誰も取らないから、落ち着いて食べてね」「はいです……むぐむぐ……」「……やっぱ聞いてないよな」 パラソルの下、4人での昼食タイム。 海の家で、焼きそばの香ばしい匂いに心奪われたあおいは、捨てられた子猫のような顔で直希を見つめた。「食べたいだけ、頼んでいいよ」「本当ですか!」「遠慮しなくていいからね」「ありがとうございますです! おじさん、焼きそ
「じいちゃんばあちゃん、それじゃあ行ってくるね」「はい、いってらっしゃい。楽しんでくるんだよ」「ありがとう。あとおじさん、そんなに遅くならないようにしますので、しばらくの間みなさんのこと、よろしくお願いします」「はっはっは。ちょっとそこの海に行くだけだろ? 心配しなくても大丈夫だよ。昼の用意もしてくれてるし、私がすることも特にない。気にせず楽しんでくるといいさ。つぐみも今日のこと、楽しみにしてたからね」「ちょ、ちょっとお父さん、変なこと言わないでよ。今日はあおいの歓迎会で、準備とかでバタバタしてただけなんだから。それに引っ越しもあったし」「はっはっは、分かった分かった。じゃあ直希くん、よろしく頼んだよ」「はい。では行ってきます」 * * * 今日はあおいの歓迎会で、海水浴に行くことになっていた。 メンバーは直希とあおい、つぐみと菜乃花。明日香は配達が終わってから、みぞれとしずくを連れて合流することになっていた。 つぐみと菜乃花は二人で頭の上にビーチボートを乗せて、あおいは浮き輪、直希はパラソルを持っていた。「あの……私までついてきちゃってすいません」「何言ってるんですか菜乃花さん。私の方こそ、歓迎会なんてしてもらえて、本当にありがとうございますです」「歓迎会って言うなら、私もなんだけどね」「菜乃花ちゃん、そんなに気を使わないで。今日はみんなで楽しく遊ぶ、それでいいんだよ」「直希さん……はい、私、頑張ります」「いやその……頑張るってのは、ちょっと違うと思うけど、ははっ……それに夜はあおい荘でバーベキュー。楽しみにしててよね」「直希さん私、お腹が空いてきたみたいです」「ええ? あおいちゃん、さっき食べたばかりだろ? もう空いてきちゃったの?」「いえ、その……バーベキューとい
「つぐみ。ほら、つぐみ」「やだ……やだナオちゃん、離れないで」「離れないって。大丈夫、怖い人はもう、向こうに行ったよ」「……本当?」「うん。ほら、どこにもいないだろ?」 直希の言葉に、つぐみが涙を拭きながら顔を上げた。「ここにはもう、俺とつぐみしかいないよ。大丈夫、俺が退治したから」「ナオちゃん……わああああっ!」 そう言って、またつぐみが泣き出した。 直希はつぐみの頭を優しく撫で、耳元で「大丈夫、大丈夫」と何度も囁いた。 * * * 10分ほどして、ようやくつぐみが落ち着いたので、直希は手を取って部屋に向かった。「はい、ここがつぐみの部屋だよ」「……ナオちゃんは?」「俺はひとつ挟んで向こうの部屋。大丈夫、何かあったら飛んでくるから」「やだ! ねえナオちゃんお願い、一緒に寝て」「そう言われてもなぁ」「お願いナオちゃん。ねえ、ねえってば」 真っ赤な瞳で、つぐみが直希に哀願する。「……分かった。じゃあつぐみが寝るまで、傍にいてあげるね」「うん! ありがとう、ナオちゃん」 そう言って、つぐみが嬉しそうに笑い、直希を抱きしめた。 つぐみを布団に寝かせると、直希は枕元に腰を下ろした。「ナオちゃんは寝ないの?」「ん? ああ、大丈夫だよ。ちゃんとここにいるから。俺はいつだってつぐみのこと、守ってあげるからね」「ナオちゃん……その……ね、手……なんだけど……」「いいよ、分かった。ほら、ちゃんと握ったよ。これでいい?」「うん……あり
深夜。 蒸し暑さに、つぐみが目を覚ました。 枕元に置かれた時計を見ると、2時を少しまわっていた。「ほんと、暑いわね……」 汗を拭い、布団から出たつぐみが窓際に立ち、カーテンを少し開ける。「私……本当に来ちゃったのね、直希のところに……」 そう思うと、口元が自然と緩んだ。両手を口に重ね、小さく笑う。 * * * 直希の幼馴染、東海林つぐみ。 子供の頃から、気になったことは口に出さないと気が済まない性分で、それが元でいつも周囲とトラブルになっていた。 男子からはいじめられ、女子からも敬遠される存在だった。 自分は正しいことを言っているのに、なぜこうなってしまうのか。 幼いつぐみには、それが理解出来なかった。 しかしそんな彼女にも一人だけ、友達と言える存在がいた。 それが直希だった。 直希だけは、口うるさい自分に嫌な顔ひとつせず、いつも傍にいてくれた。 いじめられそうになった時も、かばってくれた。 そんな直希のことを、異性として意識しだしたのはいつからなんだろう。 つぐみはまた、小さく笑った。 考えるまでもない、あの時だ。「直希……ちゃんと眠れてるかな……」 月明かりに照らされた庭の池をみつめ、そうつぶやく。 耳を澄ませば、波の音がかすかに聞こえた。「静かね……」 その時、食堂の方から物音が聞こえた。「え……こんな時間に、誰かいるの……まさかとは思うけど直希、朝食の準備してるんじゃないわよね」 カーディガンをはおると、つぐみは扉を開け、食堂へと向かった。 * * *「&